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沖縄の夏は、暴力的なまでの日差しが降り注ぐ。アスファルトの上を歩けば、蜃気楼がゆらゆらと揺れ、体中の水分が吸い取られていくような感覚に陥る。
しかし、そんな酷暑の島にあって、かつての沖縄の人々はエアコンなしで涼やかに、そして強烈な台風と共生しながら暮らしていた。
今ではめっきり姿を消してしまった沖縄の古民家。しかし、そこには現代建築が忘れ去ってしまった「自然と調和する知恵」が凝縮されている。
オジーの家には「壁」がなかった?

私の記憶の中にある沖縄の原風景は、大里村(現・南城市)にあったオジーとオバーの家だ。夏休み、遊びに行くといつも不思議に思っていたことがある。それは、「この家、どこまでが外でどこからが中なんだろう?」ということだ。
今の住宅は、高い断熱材と頑丈な壁で外気を遮断する。しかし、オジーの家は違った。
雨戸(アマハジ)を開け放てば、家全体が巨大な東屋のようになる。一番座、二番座と続く畳の間を、風が遠慮なしに通り抜けていくのだ。
驚くべきことに、当時の記憶に「暑くて死にそう」という感覚はない。もちろん、セミの声はうるさかったし、首筋にはうっすらと汗をかいていたはずだ。
だが、冷たい麦茶を飲みながら縁側(アマハジの下)に座っていると、スゥーッと通り抜ける風が体温を奪い去ってくれる。
あの心地よさは、設定温度25度のエアコンでは決して再現できない、地球と呼吸を合わせるような涼しさだった。

台風と戦わない、という最強の戦略
沖縄の古民家といえば、まず目に飛び込んでくるのがあの「赤い瓦」だ。実はあの瓦、ただ乗せてあるだけではない。漆喰でガチガチに固められているのは、猛烈な台風で瓦が飛ばされないようにするためだ。
さらに、屋根は低く、どっしりと構えている。まるで地面に張り付くカメのようだ。周囲には「フクギ」の防風林が植えられ、さらにその内側には「石垣」が組まれている。
ここで、一つ笑えるエピソードを思い出そう。
ある台風の日のこと、幼い私は心配になってオジーに聞いた。
「オジー、こんなに風が強いのに、なんでこの家は飛ばされないの?」
オジーは泡盛をちびちびやりながら、こう笑った。
「家が重いからさぁ。オバーの小言とこの瓦があれば、台風だって逃げていくよ」
冗談はさておき、沖縄の古民家は「風を受け流す」構造になっている。石垣はあえて隙間を作って積まれており(穴積み)、風圧を逃がす仕組みだ。
真っ向から風と喧嘩せず、いなしてやり過ごす。この「柔よく剛を制す」知恵こそが、何百年も島人が受け継いできた生存戦略なのだ。
「ヒンプン」が守るのはプライバシーだけじゃない
門をくぐると、目の前に立ちはだかる石や壁。これを「ヒンプン(屏風)」と呼ぶ。

本来の役割は、外からの目隠しや、魔物(マジムン)が入ってこないようにする除けとしての意味合いが強い。マジムンは直進しかできないという伝承があるからだ。
しかし、実用的な側面で見ると、このヒンプンは「風の調整弁」でもある。台風の直撃を和らげるだけでなく、夏場には適度な陰を作り出し、家の中に流れ込む風の向きをコントロールしているのだ。
ちなみに、オジーの家のヒンプン付近には、いつも決まって近所の野良猫が昼寝をしていた。あそこが一番、風の通りが良くて涼しい場所だと知っていたのだろう。
人間が設計し、猫がその性能を証明する。古民家は、生き物すべてに優しい空間だった。
現代で「沖縄の魂」に触れる場所
残念ながら、戦後の区画整理や生活スタイルの変化、そしてシロアリとの果てしない戦いにより、本物の古民家は減少の一途をたどっている。しかし、今でもその息吹を感じられる場所はいくつか残っている。
- 海洋博公園(おきなわ郷土村)
- 住所:沖縄県国頭郡本部町字備瀬124
- 各時代の、そして各離島の建築様式が再現されている。建物の中に入れば、構造の違いによる風の抜け方の差を体感できる。
- 識名園
- 住所:沖縄県那覇市真地421-7
- 琉球王家最大の別邸。美しすぎる赤瓦と池を渡る風は、まさに極上のリゾートだ。
- 沖縄県立博物館・美術館(おきみゅー)
- 住所:沖縄県那覇市おもろまち3丁目1-1
- 屋外展示として、重厚な石垣と赤瓦の民家が保存されている。都会の真ん中で、ここだけ時間が止まったような感覚になる。
- 古民家を利用した沖縄そば店
- 例えば、名護市の「大家(うふやー)」や、八重瀬町の「屋宜家(やぎや)」などは、登録有形文化財にも指定された貴重な建物をそのまま店舗として活用している。畳の上で足を伸ばし、コーレーグースの香りに包まれながらすする沖縄そばは、古民家の空間があってこそ完成する味だ。

失われゆく「涼」と、これからの住まい
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古民家には、雨の匂いや、草木のざわめき、土が冷えていく感覚が常に身近にあった。オジーの家で過ごしたあの夏、エアコンはなかったけれど、私たちは間違いなく自然の一部として、心地よく暮らしていた。

もし、あなたが今の都会の生活に少し疲れ、夏の暑さに辟易しているのなら、ぜひ一度、沖縄の古民家の縁側に座ってみてほしい。
そこには、100年前の島人が感じていたのと同じ「命の洗濯」ができる風が、今も変わらず吹き抜けているはずだ。
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